「店がなくなって毎日好きなように過ごせるからうれしくって」

 108人の出展者(実際にはもっと多いそう)は、文化屋の元店主で毎日会場に常駐している“太郎さん”こと長谷川義太郎氏と、この企画の立役者でもあるセクシーキラーくんが中心となって声をかけた面々。筆者も出展者のひとりである。

文化屋雑貨店の元店主、“太郎さん”こと長谷川義太郎氏
文化屋雑貨店の元店主、“太郎さん”こと長谷川義太郎氏
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 オープン前日、TETOKAに行ってみると、太郎さんは次々届く商品の陳列に忙しく店内を駆け回りながら、興奮した様子で「面白いことになってきましたよ」と言っていた。

 僕と太郎さんとの出会いは、2014年に文化出版局から出た「キッチュなモノからすてがたきモノまで 文化屋雑貨店」という書籍のデザインを妻が担当していたのがきっかけだった。太郎さんの理念と、そのもとできわめて独特な形で歩んできた文化屋の歴史は、この本を読むとよくわかる。

 ところが、本の刊行後間もなく、まだあちこちで販促イベントなども開かれているというのに、太郎さんは急に文化屋の閉店を決めてしまう。関係者一同「えーっ」となったらしいが、本を読めばそれも納得。40年も店を続けてきたのが例外的と思えるほどに、太郎さんはいつも次に何をするか、今よりもっとおもしろいものがないかを探し、こうと決めたらすぐ行動に移す。

 実際、店で売るものは40年のあいだに次々と変わっていったのだという。「最初は荒物をたくさん置いてたし、駄菓子を売ってたときもあったし。それで、人気が出てたくさん売れるようになった商品は、いちばん売れてるときに売るのをやめちゃうんです。だって、売れるってわかってるものを仕入れて売ってもつまんないでしょ」(太郎さん)

 十代の頃、同級生の女の子たちが通う店として文化屋の存在はなんとなく知っていたものの、僕自身は結局一度もお店に行くことのないまま文化屋は閉店してしまった。太郎さんとはじめて会ったのも、文化屋閉店からしばらくたったあと、妻が太郎さんたちと餃子を食べるというので、そこについていったときだった。

 「店がなくなって毎日好きなように過ごせるからうれしくって。これからどうしようかって考えると楽しみなんですよ。お金? お金なんかないけど、お金がない人同士で集まったほうが面白いんですよ」。餃子を食べながら太郎さんは言うのだった。

文化屋雑貨店のファンだという英アーティスト「アンダーワールド」のカール・ハイド氏もペインティング作品を出品
文化屋雑貨店のファンだという英アーティスト「アンダーワールド」のカール・ハイド氏もペインティング作品を出品
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