@Yam_eye・2012年07月01日 直角三角形の辺の話だと思ってたサイン(sin)、コサイン(cos)が音色のエッセンスだったり、対数軸という変なスケールが実は人の感覚によく合っていたり、そういうことを早く教えてくれれば、数学のモチベーションがもっと上がったのにと思うのは私だけだろうか。

 慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)には、総合政策学部と環境情報学部がある。文科系と理科系の学部が対になってキャンパスに同居している形だが、もともと、領域を超えることを理念としてつくられたキャンパスなので、両者のカリキュラムの差は小さく、学生はどの研究室も自由に選択できる。かつてSFCにあった私の研究室の学生も、半数は文科系だった。

 さて、そのような研究室だから「数学は苦手」という学生も少なくなかった。あるとき、三角関数でつまずいたという学生が複数いることを知ったので、黒板に図を描きながらこんな話をした。

 「三角関数は斜辺から高さを求める(三角比)のが本質じゃなくて、振動を表現する関数なんだよ」。そう言って黒板に円を描いた。しばらく、ぐるぐると円周を描き続けてから「この白墨の動きを真横から見るとこうなる」と、描いた円の右側で、その円の直径と同じ幅で白墨を上下させる。「これが単振動」。そして手を上下させながら私は、学生から見て右のほうへ移動する。移動するにつれて、黒板にはシンプルな波が描かれる。「そしてこれが、sinカーブ。つまりsinという関数は、円運動が振動の本質であることを表している。実はあらゆる音色は、このシンプルな波の重ね合わせでつくり出すことができる。だから音楽を学ぶときはsin、cosがものすごく重要になるんだ」と解説した。予想以上に反響は良く、「その説明、高校のときに聞きたかったです」と何人もの学生に言われた。

 数学の授業であるならば、このあとにはフーリエ級数の話に持っていくところだが、それはしない。有り体に言えば、それをちゃんと解説しきる自信がない。

 私は工学部の出身だが、できの良い学生ではなかった。大学を卒業してすぐデザイナーになってしまったので、多くの関数や方程式の詳細は、忘却のかなたにある。だからこの話は数学のレクチャーではなく、デザイナーとしてものづくりに携わるなかで感じた、数学の美しさを語っているにすぎないのだ。

 数学は、複雑な現象の基本原理をシンプルに表現する。オーディオとsin、cosの密接な関わりは、その一例にすぎない。例えば、段ボールがある方向には曲がりやすく、ある方向には曲げにくいことは、誰でも経験的に知っている。材料や断面積が同じでも、断面の形と曲げる方向によって強さが変わる。この形と曲げ方向の特性を「断面2次モーメント」という概念が、見事に数値化してくれる。大学生のときには退屈だった「材料力学」だが、デザイナーとして改めて出合ったときには、とても美しいと思った。

 数学によるシンプルな本質の表現は、どうやら美的感覚と共鳴するようだ。新しいデザインの仕事をするたびに、少しずつ数学を勉強し直した。もちろん私の数学などは、専門家が駆使するものには比べるべくもなく、浅くつまみ食いして、分かった気になっているだけのものだ。

 それでも、感覚だと思っていたことが、数学できれいに説明されることを知ったとき、あるいは、数学によって、直観が鮮やかに覆されたときでさえ、仕事がぐいと前に進む。大人になってから数学を学ぶのも悪くない。