常に最新手法を活用して話題づくりに長けているという印象が強いユニリーバ。ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティングでメディアディレクターを務める山縣亜己氏は、活用するメディアや手法は変わっても、変わらず貫いているアプローチがあると語る。

1998年、外資系広告代理店時代に日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)が国内で立ち上げる新ブランド「モッズヘア」のメディアプランニングを担当し、大ヒットに導く。2005年にはイニシアティブメディア東京(IPGグループ)に入社し、日本代表を務める。09年にユニリーバ・ジャパンのメディアディレクターに就任し、効果的なチャネルコミュニケーションのあり方を追求、同時に効率的なメディアバイイングにも意欲的に取り組み、会社全体での投資効率を促進。また、HPCカテゴリーの中でもいち早くデジタルマーケティングを推進し、数々のデジタル施策での受賞へ導いている
1998年、外資系広告代理店時代に日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)が国内で立ち上げる新ブランド「モッズヘア」のメディアプランニングを担当し、大ヒットに導く。2005年にはイニシアティブメディア東京(IPGグループ)に入社し、日本代表を務める。09年にユニリーバ・ジャパンのメディアディレクターに就任し、効果的なチャネルコミュニケーションのあり方を追求、同時に効率的なメディアバイイングにも意欲的に取り組み、会社全体での投資効率を促進。また、HPCカテゴリーの中でもいち早くデジタルマーケティングを推進し、数々のデジタル施策での受賞へ導いている

ユニリーバ・ジャパンに移籍する前の外資系広告代理店時代に、日本リーバが国内でローンチした新ブランド「モッズヘア」のメディアプランを担当しています。

山縣 モッズヘアは、パリ発祥で日本にも展開されていたヘアサロンで、その名称の使用契約を結び、日本国内限定で立ち上げたヘアケアブランドでした。それまでシャンプーは、「美しく、きれい」だったり「ファミリーで使う」といったイメージが強かった。

 しかし、モッズヘアは「クールで、カッティングエッジ」「モードなサロンスタイル」など正反対の道を行くブランド。若者をターゲットとして、クラブのDJやライターなど各分野で活躍する、今で言うインフルエンサー的な女の子を6人くらい集め、座談会で聞いた彼女たちの声をメディアプランやクリエイティブ制作に取り入れていきました。こうして「ターゲットインサイト」を緻密に探るアプローチは当時の国内の広告業界では斬新で、本格的に行っている会社はまだなかったと思います。

モッズヘアのCMはかっこよさが際立っていました。さらに屋外広告も目立っていたことを覚えています。

山縣 最も話題になったのが“渋谷ジャック”。若者が集まる渋谷の街をモッズヘアの屋外広告で占有するプロジェクトです。そこでも実際にインフルエンサーの女の子たちに、遊ぶ場所や駅からそこに行くまでの動線を聞き、若者の目に付く場所に広告を効率的に配置。当時、期間限定で切り売りするビルの屋上広告の設置場所が少ない中、交渉して新たに作るなど、媒体開発も手がけました。空いている壁、工事現場の壁も媒体化して、スペースをどんどん作ったわけです。

 一方で、駅前スクランブル交差点の大型ビジョンに一斉に広告を流すことにも挑戦。とにかく従来にない屋外広告をすべてやり尽くしました。結果、モッズヘアは多くの若者の目に触れ、飛ぶように売れる大ヒット商品になったのです。ターゲットはどんな子たちで、どこで遊んでいて、どこに行くと情報発信ができるかなど、インサイトから出発してメディアプランもクリエイティブも作るのは、我々にとっての王道。CM枠のバイイングでも、指標にするのはGRP(世帯視聴率)ではなくTRP(個人視聴率)です。つまり、ターゲットを徹底して見ることこそが、昔も今も変わらないメディアプランニングの要諦なのです。