前回まで、匠の傘専門店みや竹が、顧客に「選ばれる理由」を作るために実施した2つの取り組みを紹介した。今回は、3つ目の取り組みを紹介したい。傘の紛失防止のために開発した「傘ID登録サービス」だ。

匠の傘の購入をちゅうちょしている顧客の背中を押すサービスとは(写真/Shutterstock)
匠の傘の購入をちゅうちょしている顧客の背中を押すサービスとは(写真/Shutterstock)

 高級な匠の傘が欲しいものの、購入をためらう人も多いようだ。理由は1万円台が中心という高い価格帯にあるのではなく、「なくすのが心配」と考えていることにあるようだ。

 JR四国が発表した2016年度の「忘れ物白書」によれば、電車内の忘れ物で一番多いのは傘だ(i)。JR東日本によると、忘れ物が落とし主に返却される割合は全体平均で約3割だが、傘は1割程度にとどまる。駅にある保管スペースを逼迫する原因になっていることから、JR各社は2019年4月1日から傘の保管期間を従来の3カ月から1カ月に短縮した。

なくした傘を持ち主に届けるには

 傘を失うことを心配するために高級品の購入をためらう顧客が多い状況を踏まえ、みや竹の店主である宮武和広氏は、落とし物を持ち主にスマートに返却できる方法はないかと考えた。単に傘に持ち主の連絡先をそのまま書き込むのは、個人情報保護に厳しいご時世では受け入れられにくい。そこで、みや武の連絡先を記しておき、拾得主や駅の保管所から連絡してもらうことにした。持ち主に連絡するなど手間がかかる方法だが、匠の傘を長く愛用してもらうための価値ある取り組みだと判断した。

 多くのイノベーションの裏には、こうした手間やリスクをいとわない経営者の姿勢が潜んでいる。「課題を解決しよう」「損をしてでもやるべきだ」という価値観で臨んだ取り組みが「選ばれる理由」を生みだす原動力となる。戦略を生むものは価値観なのだ。

 連絡先を記載するアイデアを具現化するに当たり、前々回で紹介した名入れサービスを開発した際に培った方法が生きた。名札を付ける方法をそのまま使って、名札の裏にみや竹の連絡先と、傘専用のIDを刻むことにしたのである。IDを登録しこれを管理する方法や、問い合わせの受付体制など、工夫しなければならないことはあったが、大きなコストをかけずに課題を解決できることが分かった。