サーバー改善に費やした1年間

 ホームタップのコンセプトは「ニュー・ビア・エクスペリエンス」。価格だけ比較すれば、同じ量でも缶ビールと比較して倍以上の価格になる。既製品とは異なる新しい体験の提供ができて、初めてその対価を消費者から支払ってもらえる。その価値とは工場直送のビールを「誰でも簡単に」自宅で味わえること。まさしく、新しい消費体験を意識して開発されたサービスだ。ところがサービス開始後、会員の意見から貸し出すサーバーに重大な課題点が見つかった。

 サーバーは当然誰でも使える設計を目指して開発した。そのはずが、実際の利用者からは、炭酸ガスが抜けてうまく注げないという意見が複数寄せられた。家族の中でも、使い慣れた旦那しか注げない。会員の中にはそんな家庭もあったという。その理由は単純だった。ビールを注ぐノズルのキャップをきちんと閉めないと、ガスが抜けて注ぎにくくなる構造だった。きちんと使えば、何の問題もなく利用できる。ところがキリンはこれを重大な欠陥と捉えた。

 「社内ではタンク・トゥ・グラスと呼んでいるが、商品の配送からグラスに注がれるところまで責任を持って満足いただける体験を提供しなければならない」(落合氏)。最後のグラスに注ぐタイミングで体験を損なっていては、トータルの体験価値にも大きな影響を及ぼす恐れがある。「今改善しておかなければ、事業規模が拡大したとき、さらに大きな問題になる。だからこそコストを惜しまず改善すべきだと判断した」(落合氏)。

 ではどこに問題があって、注げないのか。その原因を究明すべく、キリンは多くの利用者の自宅を訪問。ホームタップの使い方を調査して回った。すると、先述したキャップの閉め損ないなど、ほんのわずかなミスで炭酸ガスが抜けてしまい、注ぎにくくなることが分かった。開発者であるキリンの担当者は機器の扱いに慣れているから、そうした短所には気付きにくい。顧客の元を訪れて、初めて改善すべきポイントが分かった。ホームタップは直販だからこそ、従来メーカーは持ちにくかった顧客と直接の接点を持てる。これが改善点の早期発見につながった。

 そこで、ビールサーバーの仕様の抜本的な見直しを行った。ノズルのキャップを刷新した他、炭酸ガスが漏れにくいよう改善を施した。「見た目は同じだが、中身は従来とは大きく異なる」と落合氏は言う。誰でも使えるビールサーバーの再設計に1年を費やした。

キリンは18年に1年をかけて、ホームタップのビールサーバーの仕様を刷新。キャップの形状変更はその一例だ
キリンは18年に1年をかけて、ホームタップのビールサーバーの仕様を刷新。キャップの形状変更はその一例だ
左が改善後のキャップ、右が従来型のキャップ
左が改善後のキャップ、右が従来型のキャップ

600円の値上げに踏み切ったワケ

 もっとも、社内からサービス継続を案ずる声が上がらなかったわけではない。ここで開発陣の心の支えとなったのも顧客の声だった。「本来であればビールがうまく注げないという欠点は解約に直結するはず。ところが満足度調査では8割超が満足していると答えてくれる」(マーケティング本部マーケティング部商品開発研究所の松井香菜氏)。

 受付停止前の会員数は約1800人。現時点でも8割超の1500人が契約を継続している。ビールの味やサービスそのものは非常に満足度が高い。だからこそ、サーバーを見直して、タンク・トゥ・グラスの体験を磨くことで、さらに継続性の高いサービスになると考えた。

 ただし、再開に当たっては価格を600円値上げして、月額7500円で提供する。配送コストの上昇やサーバー改善費用などを吸収するためだ。「顧客からはお叱りの声もいただいているが、継続的にサービスを提供し続けられるかどうかが重要になる」(落合氏)と考え、サービスを安定供給するために値上げに踏み切った。それでも、会員受付の停止前に登録してくれた、1万5000人のメール会員に優先的に再開の案内をしたところ、既に2000人を超える応募が集まっているという。ホームタップに対する期待の高さがうかがえる。

 「それぐらいの人数であれば、年内の早い段階で会員になっていただける」(落合氏)。既存会員と合わせれば、全部で3500人になり、単純計算で3億円超の事業となる。連結売上高が2兆円を超えるキリンの企業規模を鑑みれば、たかが3億と思われるかもしれない。しかし、サービスの継続率を高めていくことで、翌年度以降も安定的に収益が得られる基盤となる。だからこそ、サブスクは継続率が重要な指標になる。それ故、1年以上も新規受付を停止して、時間を惜しまずサーバーを改良した。

 継続率を高めるうえで今後の課題は、届けるビールをきちんと消費してもらうこと。「消費が追いつかないと、単に高単価なビールが毎月送られてくるだけのサービスという印象に陥りやすい」(落合氏)。そうなると、コストパフォーマンスが悪いと判断されて、解約につながってしまう。

 利用者の中には長期休暇に合わせて追加のビールを注文して、ビールサーバーごと実家に持ち帰る人もいる。サーバーから自分で注ぐ体験が人と人のコミュニケーションを活性化につながる。あるいは毎週水曜日を「ホームタップの日」と定めて、週半ばの自分への褒美代わりに飲む人もいる。そうした、さまざまな利用シーンを伝えることで、利用者の生活にホームタップを“インストール”することで、継続率の向上を狙う。

第2回
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