平成という時代が幕を閉じる。プロダクト、グラフィック、デジタルなどさまざまな分野のデザイナー10人の目を通し、この30年間をデザインの視点で振り返る特集。第7回はサントリーコミュニケーションズのデザイン部長、水口洋二氏。平成は、飲料でも「コトのデザイン」が不可欠になった時代だという。

「飲料は環境を快適にするツールになった。社会的要因を反映し、ペットボトルの登場がそれを後押しした」(写真/新関雅士)
「飲料は環境を快適にするツールになった。社会的要因を反映し、ペットボトルの登場がそれを後押しした」(写真/新関雅士)
水口洋二(みなくち・ようじ)氏
サントリーコミュニケーションズ デザイン部長
大分県別府市生まれ。1989年、九州芸術工科大学(現:九州大学)芸術工学部画像設計学科卒業。同年、サントリー入社。サントリーの商品開発においてコンセプトワークおよび製品デザインを担当。九州大学非常勤講師、神戸芸術工科大学非常勤講師

──水口さんは飲料の商品開発やデザインに長く携わってきたお立場から、平成という時代をどのように振り返りますか。

水口洋二(以下、水口) 私がサントリーに入社したのが1989年、ちょうど平成元年のことで、平成という時代とデザイナーとしてのキャリアがぴったり重なります。飲料のデザインは私が専門としており、一番熟知している分野でもありますが、この分野は社会の情勢の変化などの影響を非常に敏感に受けながら、この30年で大きく様変わりしました。

 平成元年当時は、飲料はハレのもの、日常に消費するというよりも特別なときに飲むものだという感覚が残っていました。飲料は甘くておいしいご褒美で、無糖のものが今ほどない時代でした。人間の根源的な欲求であり、エネルギーである糖分を最も短時間で取れるのが飲料です。その欲求を満たすものとしての役割を100年以上前から果たしていました。

 ハレの飲み物だから、飲料が話題にもなるし「あれ飲んだ?」といったふうにコミュニケーションツールにもなる。また、ハレのものである飲料を職場に持ち込むことはそれほどなかったし、休憩時間に飲むことはあっても仕事中に飲むものではありませんでした。

 ところが、平成後半から変化が始まります。甘くて喜びを与えるハレの飲料は日常の快適性を維持する必需品となり、市場規模が拡大します。その結果、競争が激しくなり、コモディティー化が進んでいくのです。一方、職場と飲料の関係では、86年の男女雇用機会均等法が象徴的で、職場でも飲料を自分で用意しないといけなくなりました。

 とはいえ、平成元年当時はまだリシール性のある容器はありませんでした。缶にしろガラス瓶にしろ、開けたらその場で飲みきらなければならない。ペットボトルの登場は96年です。平成後半からの飲料のコモディティー化は、ペットボトルの登場という要因も大きいと思います。

 コモディティー化が進むと、消費者は、飲料を「使うもの」「便利なもの」と表現し始めます。甘いものが欲しいから飲むわけでも、喉が渇いたから飲むわけでもない。飲料を購入する目的が、職場など今いる環境を快適にすることに変わっています。だからデザインもそれに応じて少しずつ変化していきました。

 飲料の価格は下がり続けていて、まさにデフレを象徴しています。見方を変えると、それだけ大量に消費していることになります。

 常に飲料を身近に置く生活に変わってきた。生活消費財の中で、職場などの日常で最も長く目にする商品は、飲料なのではないでしょうか。お弁当などの食品のように他にも毎日購入するものはありますが、机の上に長時間置きっ放しにすることはあまりないですね。それに対し、飲料はもう環境の一部になっています。