平成という時代が幕を閉じる。プロダクト、グラフィック、デジタルなどさまざまな分野のデザイナー10人の目を通し、この30年間をデザインの視点で振り返る特集。第2回は博報堂のクリエイティブディレクター、小杉幸一氏。デジタル技術がつくり出すリアリティーに着目する。

「広告は、誰もが自由に編集できるコンテンツに変化しないと時代に取り残される」(写真/丸毛 透)
「広告は、誰もが自由に編集できるコンテンツに変化しないと時代に取り残される」(写真/丸毛 透)
小杉幸一(こすぎ・こういち)氏
博報堂 クリエイティブディレクター/アートディレクター
ブランディング、イベントの他、空間、テクノロジーを使った従来の型にはまらない広告のアートディレクション、アパレルブランドとのコラボレーションなど幅広く活躍。資生堂「50 selfies of Lady Gaga」、SUNTORY「特茶」、SUZUKI「XBEE」などがある。東京ADC賞、カンヌ国際広告祭などを受賞

──平成の間に広告はどのように変化したのでしょうか。

小杉幸一氏(以下、小杉) 1980年生まれなので、プロ野球、中日ドラゴンズの松坂大輔投手と同じで、いわゆる“松坂世代”です。私たちの世代は、ポケットベルから始まり、PHS、携帯電話とモバイル機器の進化に沿って、これらすべてを使いこなしてきました。デジタル機器の便利さ不便さを、リアルに体感してきた世代でもあります。

 デジタル化が進むことで、人間味がなくなるとよく言われます。私は、デジタル機器が常に身近にあったためか、技術が進化することで五感に訴えるコミュニケーションが可能になり、むしろ人間味が増していくと考えています。こうしたデジタル技術がつくり出すリアリティーは、平成以降のデザインを考える軸になると思います。

 インターネットとSNSの普及によって、広告の置かれている状況は大きく変化しています。消費者はSNSによって頻繁に意見を交換しています。そのため、広告に嘘が含まれているとすぐにばれて、それが共有されてしまいます。広告が企業から一方通行で発信され、消費者が信じられるものになっていないところに限界があるのではないでしょうか。広告は、誰もが自由に編集できるコンテンツに変化すべきです。そうしないと、時代に取り残されるという危機感があります。

──平成を象徴する、ご自身の仕事にはどのようなものがありますか。

小杉 デジタルアートフェスティバル東京2008の広告です。Webを表現のベースに取り入れた点に特徴があります。当時はWebを中心にした表現は今ほど普及していませんでした。

 このフェスティバルは、最新のデジタルアートを展示するイベントですが、デジタル技術に興味を持つ人に訴求できていないという問題点がありました。そのため、Webページからユーザーが言葉を入力すると、それが色の玉の信号に変化するデジタルアートを作成しました。色の玉は母音、白い玉は子音を意味しています。この玉の連なりが画面上を滑らかに浮遊していきます。このデジタルアートのビジュアルを、ポスターやパンフレットなどにも展開しました。

 このとき重要だったのは、デジタルを活用したことに加えて、複数のメディアの表現を統一するルールを定めたことです。このプロジェクトでは、多様なメディアに広告を展開するため、複数のチームが参加していました。各チームが、ルールに従って作業することで、1つの大きな作品を構築するという仕組みを実現できたと思います。

 以前は、新聞やテレビ、ラジオなど広告のメディアは限定されていて、それぞれに固有の表現を追求していました。平成以降、メディアで区切ることはほとんど意味がなくなりました。自分たちが目指す表現に適したメディアをつくれる時代です。そうした状況でのコミュニケーションに必要なのは、全体を統括するルールをつくることだと思います。

 一つひとつの広告の完成度を高めることはもちろん大切です。同時に、複数のメディアでの広告の見え方を一貫させることがより重要になっています。デジタルアートフェスティバルの広告では、そのためのルールがうまく機能しました。ここで確立した手法は、その後の仕事にも応用しています。そうした意味でも、私にとって平成を象徴する仕事です。