「100年に一度の大変革」にトヨタはいかに挑むのか(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

第1回(2019年1月10日公開)のあらすじ

次世代移動サービス「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」の展開、サブスクリプション(定額課金制)のサービス、AI(人工知能)の活用、販売店の改革──。2019年、そのすべてに取り組み、会社の形を変えようとする企業がある。トヨタ自動車だ。その「変革の現場」をテーマに、ノンフィクション連載『トヨタ物語2020』をスタートする。著者の野地秩嘉氏は前著『トヨタ物語』でトヨタの「生産現場の強さ」に迫った。そして今連載では「販売の現場改革」に迫る。ニーズが大きく変化する「顧客との接点」を訪ね、それと密接に連携する生産現場や物流の変化に目を配り、現場改革の苦闘の歴史を掘り起こしながら、「100年に一度の大変革」への挑戦を追う。

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第2回(2019年1月17日公開)のあらすじ

本編スタートの地は米テキサスだ。「販売の現場」の最前線を取材すべくトヨタ車販売店のパット・ラブ社長を訪ねると、彼が見据えるのは、自動車販売店同士の競争などではなく、「アマゾンがクルマを売る時代」だった。勝負の分かれ目は、価格ではなく「時間」。顧客が求めるスピーディーなサービスを生み出すために、いち早く取り組んだ「トヨタ生産方式の販売現場への移植」が生き残りの武器だという。自動車メーカー、自動車工場、自動車販売店……。そんな既存の枠組みを越えてトヨタが生き残るためには、どうすべきか。それにはトヨタが、トヨタという業態になるしか道はない。

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第3回(2019年1月24日公開)のあらすじ

変革の渦中にある米テキサスのトヨタ車販売店を訪ねて「対アマゾン戦略」を聞いた著者が、次に訪ねたのは友山茂樹氏。トヨタ副社長にして、「つながるクルマ」の拠点、トヨタコネクティッドの社長である。「今、見るべきトヨタの理想形はどこか」を問うと、友山氏の答えは「中国・広州」だった。豊田章男社長がかつて「理想的なジャスト・イン・タイムの工場」を目指して作った広汽トヨタの特徴は「製販一体」。工場でムダなく効率的に車を作るだけでなく、顧客に届けるまでの時間もムダがないという。そんな話を、なぜか立ち食いそば屋で聞いた1カ月後、著者は広州空港にいた。

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第4回(2019年1月31日公開)のあらすじ

「変革の現場」取材は続く。米テキサスのトヨタ車販売店で「対アマゾン戦略」を聞いた後、名古屋の立ち食いそば屋でトヨタの友山茂樹副社長から「トヨタの理想形は中国・広州にあり」と聞いた1カ月後、著者は広汽トヨタを訪ねた。ここで目の当たりにしたのは、トヨタが独自に開発した製販管理システム「SLIM(Sales Logistics Integrated Management)」。生産と販売の現場を連携し、車が工場のラインにある間から、買った人の家に届く直前まで、「今、どこにあるか」が一目でわかる。日本ではまだごく一部にしか導入されていない最新システムが、広州ではすでにフル稼働していた。

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第5回(2019年2月7日公開)のあらすじ

友山茂樹トヨタ副社長の「トヨタの理想形は中国・広州にあり」との言を受けて一路、広汽トヨタへ。トヨタが独自開発した製販管理システム「SLIM」によって、日本より先進的な「理想の工場」を見た後、筆者は「顧客との接点」である深圳の販売店を訪ねた。総経理のジェミー・チェン氏が力を入れる店舗サービスの一つが、おいしい食事の提供。筆者は来店客の話を聞きながら、中国の販売の現場がトヨタ式のカイゼンによって「期待を上回るサービス」を提供する体制を整え、どんどん進化を続けていることを実感した。

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第6回(2019年2月14日公開)のあらすじ

友山茂樹トヨタ副社長が「トヨタの理想形」と呼ぶ中国・広州の工場と深圳の販売店は、トヨタが独自に開発した製販管理システム「SLIM」がフル稼働し、日本より先進的な「顧客との接点」を構築していた。しかしなぜ、カイゼンの本家たる日本の現場改革の方が遅れをとっているのか。そこにはトヨタが抱える「歴史的ジレンマ」があった。しかし、時は待ってくれない。自ら「変わる」と宣言したトヨタが、過去の相克を超えて正対すべき「イノベーションの本質」とは何か。ZARAと農機具とおにぎりを例に考えた。

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第7回(2019年2月21日公開)のあらすじ

米テキサス、中国・広州のトヨタ車販売店を訪ね、日本より先進的な「顧客との接点」が構築されている現場を取材した筆者は「なぜカイゼンの本家たる日本の現場改革の方が遅れをとっているのか」に着目。その歴史をたどると、戦後の「工販分離」の後、「車が飛ぶように売れた時代」があった。1982年、32年ぶりに「工販合併」となるものの、販売の現場の関心は専ら「売れる車の確保」にあり、改革はなかなか進まなかった。変化のきっかけはバブル崩壊後、地区担当員となった豊田章男・現社長が抱えた「疑問」だった。

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第8回(2019年2月28日公開)のあらすじ

米テキサス、中国・広州のトヨタ車販売店で、日本より先進的な「顧客との接点」が構築されている現場を取材した筆者は「なぜカイゼンの本家たる日本の現場改革の方が遅れているのか」に着目。その歴史をたどると、戦後の「車が飛ぶように売れた時代」があった。販売の現場の関心は専ら「売れる車の確保」で、改革は進まない。変化のきっかけはバブル崩壊後、地区担当員となった豊田章男・現社長が抱えた「疑問」だった。1994年、トヨタカローラ岐阜で始まった販売カイゼンの動きは「業務改善支援室」の設立につながる。

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第9回(2019年3月7日公開)のあらすじ

米テキサス、中国・広州のトヨタ車販売店より遅れを取ってしまった日本の販売現場。戦後、自動車が飛ぶように売れ、「売れる車の確保」に奔走する状況が続く中では、カイゼンは進まなかった。変化のきっかけはバブル崩壊後、地区担当員となった豊田章男・現社長が自ら改革に動き出したことだった。1994年に始まった販売カイゼンは「業務改善支援室」の設立につながる。時はIT黎明期。当時の首脳はビル・ゲイツ氏を質問攻めにし、若手スタッフたちは販売支援システム普及のため、自前のパソコン作りに奔走した。

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第10回(2019年3月14日公開)のあらすじ

戦後、自動車が飛ぶように売れ、「売れる車の確保」に奔走する状況が続く中では、販売現場のカイゼンは進まなかった。変化のきっかけはバブル崩壊後、地区担当員となった豊田章男・現社長が自ら動き出したことだった。それが「業務改善支援室」の設立につながる。彼らは、まだ黎明期にあったITを販売の現場に持ち込んだ。手始めに取り組んだのは、中古車を画像で検索できるシステムだった。「電子そろばん」=パソコンが得意なメンバーを中心に開発し、販売の現場を変えていく。今に続く「Gazoo」の誕生である。

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第11回(2019年3月20日公開)のあらすじ

戦後、自動車が飛ぶように売れ、「売れる車の確保」に奔走する状況が続く中では、販売現場のカイゼンは進まなかった。バブル崩壊後、地区担当員となった豊田章男・現社長が自ら動き出したことをきっかけに「業務改善支援室」が設立された。彼らは、生産現場で力を発揮してきたトヨタ生産方式と、黎明期にあったITを販売の現場に持ち込む。中古車画像検索システム「Gazoo」を手始めに、新たな販売支援システムを作るが、まだパソコンの本格普及前。常務室で自前の端末を作る日々を過ごしていたが、ある日、事件が。

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第1回
MaaSに月額制乗り換え…トヨタは自らをどう変革するのか