サブスクリプション事業を成功に導くための基礎を、CustomerPerspective 代表取締役 紣川謙(かせがわ けん)氏から学ぶ本連載。第5回はマーケティングの投資対効果の考え方を学ぶ。CPA(Cost per Acquisition=顧客獲得単価)に加え、サービス自体の魅力が大切になる。

 前回取り上げたKPIの考え方を念頭に、今回はサブスクリプションの投資対効果について考えてみましょう。重要なOutput KPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)の1つにROI(Return on Investment=投資利益率)があります。ROIを考慮してマーケティング投資の意思決定をすることで、事業を成長させ、継続的に利益を上げていくことができます。サブスクリプション事業で心がけたいのは、ROIを考えるに当たり、マーケティングマネーを文字通り「投資」と位置付け、短期的な回収よりも、長期的な事業の構築を考えることです。

顧客生涯価値を考慮したROI評価

 顧客獲得単価をいかに低くするか、日々頭を悩ませているマーケティング担当者の皆様も多いことでしょう。サブスクリプション会員を獲得する場合、LTV(Life Time Value=顧客生涯価値)が分かっていれば、より積極的なマーケティング運用を財務面から理由付けることができます。LTVは、顧客が生涯(サービスの利用期間中)に企業にもたらす価値の合計を言います。価値は通常、利益額の合計で表わします。例えば、顧客が平均で3年間サービスを利用し、入会して1年目、2年目、3年目の利益が順に2500円、4000円、3500円になるとします。3年間の顧客生涯価値は、合計値の1万円となります。ここでは顧客獲得マーケティングにいくら使えるかを考えるため、利益はマーケティング費用を差し引く前の数字を使います。

3年間の顧客生涯価値は、合計値の1万円と計算できる
3年間の顧客生涯価値は、合計値の1万円と計算できる

 短期で回収しようとすると、多くのマーケティング費用を使うことができませんが、3年間の顧客生涯価値を考えると、積極的にさまざまな施策を打つことが可能になります。上記の例を使うと、理論上は、新規顧客をあと1人獲得するのに、追加で9999円までのマーケティング費用をかけても、3年間では顧客当たりの利益がプラスとなります。

 下記の青の曲線は、獲得顧客数とマーケティング総費用の一般的な関係を示したグラフです。顧客獲得を効率的な方法から順番に行っていくと、多くの顧客を獲得しようとするほどCPA(Cost Per Acquisition=顧客獲得単価)が上がっていきます。青のグラフに接する黒い線の角度が、「新規顧客をあと1人獲得するのに必要なマーケティング費用=限界CPA」になります。

青のグラフに接する黒い線の角度が、「新規顧客をあと1人獲得するのに必要なマーケティング費用=限界CPA」になる
青のグラフに接する黒い線の角度が、「新規顧客をあと1人獲得するのに必要なマーケティング費用=限界CPA」になる

成功の指標を「限界CPA=LTV」として利益額を最大化する

 利益額を最大化し、長期的な事業の成長を重視するなら、ここでのマーケティング投資上の判断は、限界CPA=1万円となるまで投資することとなります。この場合、施策が計算通りの結果を出せれば、顧客獲得数はXとなります。限界CPAの目標を1万円以上としてさらに積極的な投資をすることもできますが、顧客によっては3年間で損失が出るので、利益額は減少します。事業の成長や利益額よりも利益率を優先するなら、限界CPAの目標を1万円より低く設定するという判断も出てきます。

 これまで見てきたように、顧客生涯価値はサブスクリプション事業のマーケティングの鍵を握る重要なKPIなのですが、その正確な評価は簡単ではありません。顧客生涯価値の評価を難しくする理由はいくつもあります。例えば(1)サブスクリプションサービスの開始当初はその数字の根拠となるデータが存在しないこと、(2)今後のマーケティング施策により数字が変わってくること、が挙げられます。

 (3)獲得するチャネル(例:デジタルマーケティングとオフラインイベントからの獲得)によって顧客の質と生涯価値が異なることが多いことも意識しておきたい点です。さらに、(4)サブスクリプションでない既存の事業がある場合に、既存顧客がサブスクリプションに移行することによるカニバリゼーション(共食い)が発生し、既存の事業にマイナスの影響が出る可能性があることも注意したい点です。

 (4)の参考になる記事として、日経クロストレンド「買わない時代のサブスク事業構築法 第13回(続報)AOKIサブスク撤退の裏に4つの想定外」があります。このような場合、カニバリゼーションによるマイナス分を差し引いた、利益の純増分を基に顧客生涯価値を計算するのが望ましい方法です。現実的な運用方法としては、目標CPAを設定する際に、既存のデータを最大限利用して顧客生涯価値を推定し、上記のようなリスク要因を加味して、「推定LTVの○○%掛け」を成功の指標とし、定期的に数字を見直すのが1つの方法でしょう。

 CPAをKPIのひとつに位置づけ、成功の指標(Success Criteria)を「限界CPA=LTV」として目標設定をしてみましょう。前回説明した仮説設定に始まるサイクルを繰り返すことで、長期的に事業の価値を高める仕組みをつくることができます。サブスクリプション事業の成長を実現するには、目標CPA以内で、スケーラブルに顧客を獲得することが重要です。スケーラブルとは、「規模=スケールを大きくすることができる」という意味ですが、この文脈では、「良い結果が出たマーケティングプログラムを、横展開して大きな結果を出すことができる」ことです。そのためには、プログラムを仕組み化し、テクノロジーで自動化することが望まれます。

第4回
サブスクリプション事業でのKGI、KPIはどう立てる?
第6回
サブスク事業でWow!を生む 徹底的なカスタマー視点の維持