←第6回 3000円の高額シャープペンが大ヒット 異例の値付けの裏側

成果を上げたマーケティング施策やヒット商品開発が直面した「決断」の真相を追う本特集。最終回で取り上げるのは、3000円(税別、以下同)のシャープペン、ぺんてるの「オレンズネロ」のヒットを支えた「どこまでも格好良さにこだわる」マーケティング戦略だ。

開発担当者とマーケティング担当者が緊密な連携を保つ

 ぺんてるの折れないシャープペン「オレンズ」シリーズのフラッグシップモデルとして開発された「オレンズネロ」は、2016年初めの段階で、ほぼ製品としての開発を終えていた。次に課題となったのは、この新商品を誰に、どう売っていくかである。当初は会社からの期待も高くなく、製図用シャープペンとして着実に販売しようとしていた。

 しかし、発売半年前に出品した展示会での評判が想像以上に高く、急遽、販売目標が大幅に引き上げられた。だが、急な決定のおかげで製造能力が追いつかず、文具店の求めに応じての供給さえ覚束ない。窮地に陥ったマーケティング担当者は当初、あえて販路を絞りながら商品の格好良さを伝えていくことを決断。品薄が続く中でオレンズネロの評判を高め、発売1年半以上が過ぎた今も売れるヒット商品へと育て上げた。

ぺんてる国内営業本部マーケティング推進部プロダクトマーケティング課の飯塚愛美氏

 「とにかくスタイリッシュで格好いいものを目指す」。マーケティングをけん引した国内営業本部マーケティング推進部プロダクトマーケティング課の飯塚愛美氏は、オレンズネロのマーケティングを進めるに当たって、基本方針をこう決めた。この考えを最もよく示しているのが、異例の商品パッケージだ。

スタイリッシュな格好良さを目指したオレンズネロのパッケージ。上が0.2ミリタイプ。下が0.3ミリタイプ

 通常、シャープペンのパッケージは、縦置きでその上部に穴付きの突起を付けるのが慣例だ。小売店の店頭で、棚から手前に伸びている棒状のバーに、パッケージごと順番に差し込んで展示できるようにするためだ。小売店ではそうしてパッケージに収めたまま展示するか、商品をパッケージから出して棚に直接挿して展示するのが一般的だ。

 ところがオレンズネロは慣例を無視し、万年筆などがよく採用する横置き・穴なしのデザインを採用した。3000円という高価格を逆手に取り、商品を取り出して棚に挿して売るほかは、万年筆などと同じく、横置きのスペースを確保して丁寧に売ってほしいと考えたのだ。

パッケージに同梱される取扱説明書。ORENZNEROの文字は折り目に乗っていない

 細部にも、格好良さを失わないように注意を払った。例えばパッケージに同梱する取扱説明書。中身はもちろんその見え方にもこだわった。当初出来上がってきたデザインは、折り目の上にORENZNEROの文字が載っていた。「それでは見た目に格好悪い」(飯塚氏)。そこで、通常ならそこまではしないが、今回は商品名を折り目を外した位置にわざわざ移して作り直した。

 こうして全体を固めていったが、ぺんてるではその価格から、あくまでも製図用シャープペンとして販売するつもりだった。つまり想定ユーザーは、それほど数の多くないプロの製図担当者である。

 ところが、発売を半年後に控えた16年7月、毎年開催しているぺんてる独自の展示会にオレンズネロを出展したところ、風向きが大きく変わった。3000円という高価格にもかかわらず、文具店関係者や文房具ライターなどの間で「これは売れる!」と図抜けて評判が良かったのだ。

マーケティング予算がいきなり約10倍に

 おかげで当初はオレンズネロにそれほど期待をかけていなかったぺんてる社内の上層部が舞い上がり、展示会後に販売目標が大幅に引き上げられた。販売目標の値は非公開だが、「販売目標引き上げと同時に、マーケティングに使える予算の額が約10倍になった」(飯塚氏)というから、その期待の膨らみようも分かろうというものだ。

 ところが、ここで難問が生じた。材料の手配や、手作業で組み立てる工程を含むなどの問題で、引き上げられた販売目標に見合うだけの商品を量産できないことが判明したのだ。当初は月産5000本が限界だったのである。だが、放っておいて文具小売店などから注文が殺到したら、注文への対応で商品流通のコントロールを失い、目も当てられないことになる。

全面的な品薄回避のためあえて販路を絞り込む

 そこで、飯塚氏がかじ取りするマーケティング推進部の担当チームは、当初の販路をあえて絞り込むことで、品薄の時期を乗り切る作戦を採ると決断した。もともと文具メーカーは、季節の新商品についてはその商品だけを販売するのではなく、いくつかの商品と組み合わせた販売パッケージを作成し、まとまった金額で店に卸すのが慣例。この慣例を活用し、オレンズネロを核とする販売パッケージを超巨大・超高額にして、当初は大規模な文具店しか仕入れられない仕組みにしたのだ。

 通常ならば販売パッケージの価格は高くても5万円程度だが、ぺんてるが用意したオレンズネロを軸とする販売パッケージの価格は約15万円。通常の3倍である。大規模チェーン店はともかく、これでは街中の文具店では仕入れるのは難しい。だがそれでもオレンズネロを仕入れたいという店は引きも切らなかった。16年10月から販売パッケージの注文を取りまとめ始めたが、「結局、当初想定していた500セットでは収まらず、約30%増の660セットまで販売パッケージを増やさざるを得なかった」(飯塚氏)のだ。

 同時にマーケティング推進部の担当チームは、販路を絞り込むだけでなく、オレンズネロの良さを潜在的なユーザー層に伝えるにはどうすればよいか考えた。そして、「開発陣のメンバーを前面に押し出し、開発陣の言葉でオレンズネロの機能や格好良さを語ってもらう作戦」(飯塚氏)を採った。例えば発売直前に、文具ライターや著名ブロガーなどを招いたイベントを開催。その場に開発を指揮したシャープ企画開発部の丸山茂樹部長など開発陣のメンバーを呼んで、ライターやブロガーに自分の言葉でオレンズネロの優れた機能や格好の良さを語ってもらったのだ。開発陣のメンバーが商品のマーケティングの前面に出るのは、ぺんてるでは異例のこと。しかし、商品の出来栄えの良さと相まって、自分の言葉で語る開発陣の存在はメディアやブロガーの間で思ったよりも好評で、そのため、その後も取材などにはできるだけ開発陣のメンバーを同席させるようにしたほどだ。

 ぺんてるのこの作戦は、奏功したと言ってよい。高額の販売パッケージを購入できなかった文具店は、発売当初に商品を仕入れられないことについて一応、納得したし、ネット上では、大規模店でしか売られていないが商品の出来栄えはすごいらしいという評判が広がり、大きな混乱を避けつつ、ユーザーの期待を膨らませることにも成功したからだ。

オレンズネロが売り切れた文具店。指定の棚が空っぽになることが珍しくなかった

 仕入れた途端に飛ぶように売れるという、そんな品薄が続く状況だったが、間もなくぺんてるは当初の想定と売れ方が違うことに気付く。製図担当者ではなく、主に中高生がオレンズネロを買っていたのだ。これを受け、マーケティングの方針を変えるべきか、検討が重ねられた。「中高生を対象にするには、あまりにスタイリッシュな格好良さを打ち出し過ぎなのでは」「もう少し親しみを感じさせるようなマーケティングに切り替えたほうがいいのでは」という声が、社内外から上がったのだ。

 そして飯塚氏をはじめとするマーケティング担当者は、検討の結果、マーケティングの方針を変えないという決断を下した。「中高生に受けているのは、機能やデザインなど商品全体が醸し出す格好良さ。なのに従来の中高生向けの分かりやすいマーケティングなどを展開したら、かえって逆効果になる」(飯塚氏)と考えたのだ。

現在は月産1万本体制へ

 実際、ぺんてるでは、17年2月に工作マシンを増強し、月産本数を1万台に引き上げることはしたものの、マーケティングの方針は愚直なまでに当初の方針を貫いている。その結果、オレンズネロは18年に入ってようやく品薄感が薄れ、多くの文具店で品切れ・欠品が常態化していた状況は改善。18年8月半ばの段階で、約16万本を売るヒット商品となった。数百万本売るヒット商品と比べると販売本数自体は少なく見えるが、「『オレンズ』のフラッグシップモデルとしては完全に定着した」(飯塚氏)という。狙い通りの展開と言ってよい。

 節目節目で生じた難題を乗り切り、オレンズネロのスマッシュヒットを実現したぺんてる。今後も、開発陣とマーケティング部隊が協力して、オレンズシリーズの新商品の開発に、まい進していく腹づもりだ。

(写真/古立康三)