巨大デジタルアートミュージアム「森ビル デジタルアートミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス」を手掛けるチームラボ猪子寿之代表は、模索してきた「出口」となるこの施設が、美の概念を拡張し、価値観を変えていくと話す。100年先を見据えるという猪子氏はどこへ向かうのか。津田大介が聞く。

チームラボ猪子寿之代表
チームラボ猪子寿之代表

津田 チームラボは設立当時からアートを作り続け、日本ではほとんど評価されなかった「暗黒の10年」を経て、ようやく世界的に評価されるようになった。その後、日本での「出口」を模索してきたということでしたが、お台場の常設デジタルアートミュージアム「森ビル デジタルアートミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス(以下チームラボ ボーダレス)」がその答えということなのでしょうか。

猪子 そうですね。 2014年の日本科学未来館の展示が終わったあとに、次のテーマとして「境界のない展覧会」をやろうと考えました。コンセプトの全く違う独立した作品同士の境界が曖昧で、互いに影響を与え合うような空間。さらにそれを通じて、他者との境界も曖昧になるような、つながりを持ったアート群による1つの世界を作りたいと強く思ったんです。

 その実現のためには、とにかく広い空間が必要でした。「境界がない」という体験は、自分の身体サイズに依存してしまう。だから、身体のサイズよりもはるかに大きい1つの部屋を1つの作品にして、その作品同士に境界がない空間──それくらいのサイズ感でなければ実現できなかったのです。

 実現のための方法をいろいろと模索したのですが、費用のことを考えると、半年や1年の展覧会では絶対に回収できない。さらに、自分たちの表現したい世界観のために空間もあるべきだという考えもあって、そうなると既存の美術館では難しい。だったら空間ごと作るしかない。そうして、自分たちが運営する常設のミュージアムにしようということになりました。

津田 「ボーダレス」というコンセプトを突き詰めていった結果、出口のかたちが定まってきたと。

猪子 それで場所を探し始めたのですが、お金もないくせにとにかく広い空間が欲しいわけですから、なかなか見つからない。

 そうこうしていると、噂を聞きつけた森ビルの杉山央さん(現MORI Building DIGITAL ART MUSEUM企画運営室長)が、うちと一緒にやらないか、と声をかけてくれたんです。いや、むしろ誰かがかんでくれなきゃ実現できないし、むしろ死ぬほど光栄です、みたいな(笑)。

津田 それで森ビルと共同運営というかたちで、チームラボ ボーダレスをオープンすることができたわけですね。出来栄えとしては満足していますか。

猪子 冷静に見ると……よくできたなと思います。ただ、作っている最中は、どれだけお金を使っているかも、採算のことも全く考えずに、とにかく実現に向けて突き進んでいました。“狂気の宴”のような状態でしたね。

自ら出口を作る意味

津田 自分たちで出口を作るというのは、大きな賭けですよね。そういうチャレンジができるようになったのは、やはり海外での評価があったからなのでしょうか。

猪子 世界で評価されたことで自分たちのアートに手応えを感じましたし、自分たちのやり方で開催した科学未来館の展示にたくさんのお客さんが来てくれたことも自信になりました。だからもう、何も気にせず、とにかくやりたいことをやろうと。

津田 海外での評価を引っさげて日本でやるのではなく、自分たちのやり方、アートが日本でも通用するはずだという自信がついたということですね。

猪子 だからこそ自分たちで出口を作りたかったんです。誰かに評価されたから作るのではなく、誰かに評価してもらうために。チームラボ ボーダレスも、言ってしまえばゲームセンターだった空間を改修して美術館を名乗っているだけですから。

津田 そのあたりは村上隆さんとの出会いが大きく影響しているんでしょうね。日本にマーケットや評価される土壌がないなら、自分たちで出口を作ってしまえばいい。その方法論がこの数年で分かってきた、ということでしょうか。

猪子 それが大きいのかもしれないですね。