一時代を築き今も活躍するネット起業家「76(ナナロク)世代」に新事業創造の秘訣を聞く特集の第2回。グリーの共同創業者で、現在は慶應義塾大学発のベンチャーキャピタルである慶應イノベーション・イニシアティブ(東京・港、KII)社長を務める山岸広太郎氏(1976年4月7日生まれ)。雑誌編集者、ウェブ開発、ウェブメディアの編集長を経て、ベンチャー起業家に転身した異色の経歴の持ち主だ。PC向けSNSとして始まったグリーが、当初は「全くうまくいかず」という状況から、どうやって成功を収めるまで至ったのだろうか。津田大介が聞く。

津田大介氏(左)とグリー共同創業者で現在は慶應イノベーション・イニシアティブ社長を務める山岸広太郎氏
津田大介氏(左)とグリー共同創業者で現在は慶應イノベーション・イニシアティブ社長を務める山岸広太郎氏

津田 もともとは日経BPで雑誌編集者をしていたんですね。

山岸 そうなんです。僕が大学に入学した95年は、インターネットが普及し始めた時期で、インターネットにものすごい可能性を感じていたんです。大学時代にシリコンバレーに行ったり、(98年創業のネット企業の先駆けの1つである)ネットエイジというベンチャー企業でインターンしたりするうちに、その気持ちはますます強くなっていきました。それで、ウェブにも媒体を持っていた日経BPならインターネットに関わりつつ仕事ができると思って入社しました。紙媒体で編集者をしていたのは最初の半年で、その後はずっとインターネット事業の開発部門で仕事をしていました。