今、若者に絶大な人気を誇るSNSのインフルエンサーが、“ゆうこす”こと菅本裕子氏だ。TwitterやInstagramなどの合計フォロワー数は、実に150万人超。元HKT48のアイドルは、どのように人気インフルエンサーへの道を駆け上ったのか。その裏にある緻密なマーケティング戦略を、若者研究の第一人者であるサイバーエージェント次世代生活研究所の原田曜平氏が聞いた。

原田曜平(以下、原田) 今や、若者の間でカリスマ的な人気を集めているゆうこすさんも、ここにたどり着くまでは紆余曲折があったと聞いています。まずは、その辺りから教えてください。

菅本裕子(以下、ゆうこす) 私の両親は何でも好きなことをやったらいいという自由な考え方の持ち主で、HKT48(福岡・博多)でデビューするときも特に反対はされませんでした。結局、HKT48は1年ほどで卒業することになったのですが、その脱退理由として私が「ファンの家に泊まったから」など根も葉もないフェイクニュースが流れて、それを見たマスコミが一斉に報道し始めたのです。

 本当は恋愛を満喫している同級生が羨ましくて、私も男子にモテたい、恋愛をしたいと思って辞めただけなのに。あまりに理不尽だったので、ある媒体に「情報源はどこか」と自分で尋ねたら、教えてくれました。「Yahoo!知恵袋」と(笑)。

原田 Yahoo!知恵袋を情報源にメディアが後追いしてしまった。ひどいですね。

ゆうこす もう、笑うしかなくって。けれど、当時は17歳の多感な年頃。地元にいるのも嫌になって、逃げるように上京したんです。それからは料理専門学校に通って料理のできるアイドルとして売り出したり、講談社が主催する「ミスiD 2016」で準グランプリを受賞したりと活動を重ねました。でも、鳴かず飛ばず。イベントを開いても、観客はたった3人しか来なかった時期もありました(笑)。

 同時に、HKT48の脱退時に拡散したフェイクニュースに対して、TwitterやYouTubeで「自分は無実」と訴えることを始めたのですが、自分の怒りや負の感情をいくら発信してもファンの心はつかめず、返ってくるのはアンチのコメントばかり。SNSは炎上するし、仕事もないし、それで再び福岡の実家に帰り、ニート生活を始めることになったんです。

菅本裕子氏。1994年、福岡県生まれ。アイドルグループHKT48を脱退後、ニート生活を送るも、「モテクリエイター」という新しい肩書を作り、自ら起業。現在はタレント、モデル、SNSアドバイザー、インフルエンサー、YouTuberなどとして活躍中。著書に『SNSで夢を叶える~ニートだった私の人生を変えた発信力の育て方~』がある
菅本裕子氏。1994年、福岡県生まれ。アイドルグループHKT48を脱退後、ニート生活を送るも、「モテクリエイター」という新しい肩書を作り、自ら起業。現在はタレント、モデル、SNSアドバイザー、インフルエンサー、YouTuberなどとして活躍中。著書に『SNSで夢を叶える~ニートだった私の人生を変えた発信力の育て方~』がある

原田 1度はアイドルとして脚光を浴びたのに。福岡に戻ったとき、気持ちはどん底だったのでは?

ゆうこす 襲ってきたのは、恐ろしいほどの孤独感です。SNSを使えば使うほど孤独感が増す毎日で、「それはなぜか」と、ふと考えてみたんです。

 思えば、私たちの前の世代が使っていたmixiやFacebookは、「人とのつながり」を重視するメディアでした。しかし、そこで過度に人とつながったことで、「SNS疲れ」するユーザーが続出しましたよね。その反動で、私たちがSNSを始めたときは、つながりよりも「発信すること」がメインのTwitterやInstagramが主軸になっていたんです。でも、発信だけでなく、前の世代と同じように「つながりたい」と願う人はいると思ったし、誰より孤独を抱えた私がそう感じていました。であるなら、自分でコミュニティーを作ってしまおうと思ったわけです。

 コミュニティーを作るには、まず「共感」が必要です。なのに、それまでの私は怒りや負の感情ばかり発信していた。必要なのは、一緒になって頑張って目指せる「目的(=旗)」を振りかざし、その旗の下に共感するユーザーを集めることです。

 では、私にとっての旗とは何か。深堀りして考えていく中で、ひらめいたキーワードが「ぶりっ子」でした。

原田 今は、「ネオぶりっ子」として男性にも女性にも受け入れられていますが、その路線が誕生した瞬間だった。

ゆうこす そうです。私はモテたくてアイドルを辞めたくらいだし、根は相当なぶりっ子なんです。しかし、それを今までは男性だけに向けて発信していましたが、それでは共感を得られません。絶対数は少ないかもしれませんが、私と同じようにぶりっ子してモテたいけど、周囲の目が気になって隠している女の子は学校のクラスに1人か2人はいるはず。その子たちに向けて、TwitterやInstagram、YouTubeでぶりっ子になるためのメイクやファッションを発信し始めました。

 すると想定通り、ぶりっ子の旗の下に集まる人は、最初はほんのひと握りでした。ですが、思った以上に高かったのが共感の「熱量」です。私が発信した思いや情報に激しく共感してくれた人たちが積極的に拡散してくれて、すそ野が一気に広がったのです。

原田 男子はなんだかんだでいつの時代もぶりっ子好きが多い。しかし、ぶりっ子は女子から嫌われるとよく言われますよね。だから、タレントさんが「ぶりっ子」を売りにすることは結構なリスクがあり、だからこそ空いていたスポットだったのかもしれません。

 しかし、多くの女性にひょっとすると嫌われてしまうリスクがあるものの、クラスで言うところの1人、2人の熱量の高い人をコアターゲットにしたわけですね。本当はぶりっ子してモテたいと思っているのに、他の女子に嫌われるからと自分の感情を抑制していた女子たちに、「素を思い切り出してしまえ」という吹っ切れたメッセージがぐさっと刺さったんですね。それが深くまで刺さったものだから、少数派ではあったけど、そこを起点に共感の輪が広がって、今やフォロワー数は150万人超。よくマーケティングの世界で言われることなのですが、一見、海から出ている小さな氷山のように見えるものでも、海面下をのぞいてみると、実は大きな氷山だったってことが結構ある。つまり、どんなに少なく見えるファンでも、そのファンの熱量が高ければ世のブームを起こせる可能性がある、という好例ですね。